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ごあいさつ

画像|石狩新港機械金属工業協同組合 理事長|阿部 仁

お得意様の皆様、日頃からのご愛顧に組合員を代表して感謝を申し上げます。

ご指導、ご支援をいただいております関係機関の皆様におかれましては、ご教示ありがとうございます。石狩新港機械金属工業協同組合は、今年で設立37年(昭和56年設立)になります。現在33社が立地操業しております。第12冊目の組合団地要覧を発行するにあたり、『温故知新』組合設立から現在に至るまでをたどってみたいと思います。

石狩湾新港は昭和48年の建設着手、平成6年6月道内11番目の貿易港として開港いたしました。港の開発と並行して、札幌市を中心とした道央圏の生産と物流の拠点となるべく、港の後背地域に工業・流通地区として総面積3,000ヘクタールを活用して発展してまいりました。

現在650社が操業し、約13,000人が就業する国内有数の企業集積を誇る地域となっております。国の中小企業工場等集団化事業に参画すべく、阿部武房氏(初代理事長)、佐藤三男氏(二代目理事長)が音頭を取り組合員を募りました。石狩の広大な土地に将来の企業規模拡大、発展を目的として集団化を目指したものであります。50社が相集いましたが国と道の厳しい審査の末36社が組合員となりました。昭和59年第1次高度化資金交付を受けて第1期工場建設に7社が着手しました。当時の経済環境は厳しさ真っ只中であり、不況の風をまともに受けた組合員の中からは倒産や脱退が相次ぎ不安の中での工場立地でした。平成2年度までに30社が立地操業し、大企業1社と合わせて31社が第1次基本計画に参画し工業団地を形成、更に第1次補完事業、第2次補完事業により集団化を完了しました。組合員企業が建設した総投資額は163億円(その内自己資金20%)余りであります。

創立10年、20年、30年を経て現在に至りますが、この間、第2次オイルショックやバブル経済の崩壊、その後の経済環境悪化など多くの困難がありましたが、組合員と組合役員の頑張りで、困難を乗り越えて37年の歴史を刻むことが出来ました。昨年、おかげさまで全組合員からの返済も済み、国・道に高度化資金を完済いたしました。我々の組合が団結しているね、仲が良いね、と言われますが、高度化資金の返済には組合員全員の協力が必要だったからです。高度化資金は組合に貸出されるものであり、組合名義で土地を購入、工場建設をします。組合員は15年から20年の年賦で返済します。完済するまでは組合所有なのです。高度化資金は組合役員の個人保証で貸付されます。組合員が倒産するとその負債は組合が被ることになります。組合は緑地帯や野球場の売却や賃貸、新規組合員の加入誘致により組合財政を補ってきました。組合員が結束したひとつの大きな集団化事業を成し遂げた今、我々は先達を思い、初心に帰り、組合を結成したメリットを追求して行かねばなりません。内には共同受電事業を核として、福利厚生、教育・情報、団地及び施設の管理、安全衛生協力会、太陽光発電会社等。主要事業を充実させることが組合員の負託に応えることであり、外には組合員企業が事業の遂行、発展に努め「良い会社」になり続けることが組合の力となるのだろうと確信しております。石狩新港機械金属工業協同組合の組合員であることがステータスであるような組合を目指したいと思っています。

皆様に日頃からのご愛顧に感謝を申し上げ、ご挨拶と致します。

2018年(平成30年)11月

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